象牙の印材に刃を当てると、最初の一刀で「あ、これか」と分かります。
同じ象牙、同じサイズ、同じように白い。
それでも刃の入り方がまるで違う一本があります。
すっと刃が走るもの。
硬くて跳ね返してくるもの。
刃を逃がすように、繊維がほどけそうになるもの。

実際の象牙材は、ランクによって繊維の密度が違うため、どなたでも見て触れて違いがある程度わかるようになります。
けれど彫る際には、よりはっきりと別の素材と理解できるほどわかります。
違いは「牙のどこから取ったか」で生まれます

象牙は、印材である前に一本の牙です。
牙のどの場所から切り出したかで、繊維の細かさや向きが変わります。
いちばん多い「縦目」は、牙の根元から先端に向かって切り出したものです。
彫刻面に繊維が立っているので刃がよく効き、押したときの力にも強い。
ふだん彫っている象牙の大半はこれです。
いっぽう、牙を輪切りにするように取った「横目」は、側面に丸い輪が浮かびます。
「日輪」とも呼ばれ、象牙の中でも特に美しいとされる印材です。
ただし彫刻面では繊維が横に寝ています。
刃をほんの少し立てすぎるだけで、繊維がぱらりと剥がれる。
薄く鋭く研いだ刃物と、慣れがないと彫れません。
美しい印材ほど、彫り手を試してきます。
そして私の知る限り、この横目を、縦目と同じように切れ味抜群で彫れる職人はほとんどいません。
ほとんどの職人は、横目のうろこが剥がれるような特性に対応できず、線がガタガタになってしまいます。
もうひとつ、「どんな象の牙か」で違います

部位だけではありません。
牙そのものの硬さが、象によって違います。
熱帯雨林で太い木の根を掘って暮らす森林象の牙は硬く、艶が出ます。
草原のサバンナ象の牙は柔らかく、乳白色でシマが目立ちます。
そしてインド象の牙は、その中間。
硬すぎず柔らかすぎず、絶妙な粘りがあって、刃物が狙った場所へ滑らかに走ります。
かつて日本で「唐方(とうかた)」と呼ばれ、最上とされてきた理由は、彫ってみるといちばんよく分かります。
唐方の一番の凄さは、すべてが絶妙である点。
硬すぎず、柔らかすぎず、また密度が均一なため、自分の力量があがったのかと勘違いするほどに彫りやすい。
それはまるでドラえもんで、宇宙に行ったのび太が重力が軽いため、そこでは最強になったかのごとく。
そのため唐方は、彫刻の際に至福の時間を与えてくれます。
唐方がどんな牙なのかは、こちらに書きました。同じ象牙でも、インド象は別格です
部位と硬さを、1ページにまとめました
縦目・横目・芯持ちという部位の違い。ハード・ソフト・唐方という硬さの違い。
そしてその硬さが、象がどこに棲んでいたかで決まること。
店頭で少しずつお話ししてきたことを、象牙オンラインショップに1ページにまとめました。
写真では分からないものを、言葉と図で追えるようにしています。
象牙の印鑑をお考えの方も、素材そのものに興味のある方も、ご覧いただけたら嬉しいです。