今まであまりブログには書いていたなかったように思う「印面の墨」。
もしかすると意識する人も少ないかもしれないですけど、ここにもいろいろな理由が隠されています。
ちなみに鈴印では昨今、墨を落としてまっさらな状態でお渡ししていました。
しかしながら検討の結果、また墨を残したまま納品することに致しました。
なぜこの決断に至ったのか、詳しくご説明します。
印面の墨の目的
印面には、上記の写真のように象牙など白っぽい印材には黒い墨を、黒水牛のように黒っぽい印材には朱色の墨を打ちます。
本来の目的は仕上げの際に、見やすくするためです。
ご覧のように印章は最後に文字を削る「仕上げ」行程を経て完成するのですが、白いままでは細かい部分が見えにくくなります。
そのため、見やすさを保つために墨を打ってから仕上げます。
つまり、仕上げの際の視認性向上が、印面の墨の主な目的となります。
これは実際に使用するお客様にも同様で、例えば読みにくい実印などの場合、墨が残っていたほうが見やすいという利点があります。
でも鈴印では10年ほど前から、この墨を落として綺麗な状態でお渡ししています。
もちろんそれにも理由がありました。
墨を落としていた理由
父の代では、すべての印面に墨を残してお渡ししていました。
ところが、私が責任者になってから墨を落として納品するようにしました。その背景にはいくつかの理由がありました。
1.「墨が落ちた」とのご相談
きっかけはあるご相談が続いたからでした。
「印面の黒いのが落ちちゃったんですけど、問題ないんでしょうか?」
これって昔からよく聞かれていたんですが、たまたま連続したんですね。
墨は見やすさのために残していますが、そもそもが書道で使う墨を使用しています。
そのため水で簡単に落ちるので、例えば汗ばんだ手で触れるだけで消えてしまいます。
これを機に墨を残す意味を改めて考えたんですが「見やすさだけなら、なくてもいいんじゃないか?」との結論に至りました。
なぜなら使っているうちに朱肉が染みこんで、コントラストではっきり見えるようになるからです。
また墨には1つ小さな問題があったことも決断を後押しすることになりました。
2.写り良さ
密かに本当に僅かなんですが、墨はない方が綺麗に捺印できます。
印を捺すという行為は、朱肉を印面に乗せてから、紙に転写することです。
そして例えば象牙などは、その転写率がほぼ100%です。
なので素材のままの方が性能を100%発揮できます。
とはいえこれも長い歴史の上では解消済みで、墨を細かく潰してから打つなど、技法で限りなく薄く均等にすることができます。
一方で、この墨打ちは見た目以上にとても難しく、特に朱墨に関しては私自身はコツをつかむのに1年ほど掛かりました。
また三文判などの既製印には粘度の高いインクが塗ってあるため、デコボコで綺麗に捺せません。
なので人によってはそれを朱肉で落とすなど、あまり良い印象を持っていない方も多いんですね。
私としては「墨打ちも技術の1つ」「三文判は墨じゃなくてインク」などの思いもあったんですか、少しでも綺麗に捺せるならとの理由で落とすことにしました。
すると別の利点も見えてきたんですね。
3.見た目の綺麗さ
墨をすべて綺麗に水洗いして落としますから、印面がとても綺麗なんです。
そういえばチタンや宝石印なども印面に何もないため、綺麗な見た目であることにも気がつきました。
こうしてお客様の声をきっかけに検討した結果、利点だけが浮かび上がってきたので、落とすことに致しました。
墨を残したままの納品を再開する理由
一番は「見にくい」というお声が多いためです。
象牙は角度を変えれば見えますが、ツノ材は芯を含む模様が強く出ているため、やはり「少し見にくいかも」の声をいただきました。
また芯の部分もきっちりと平らにしているため捺印は問題ないのですが、汚れがついているように感じられるお客様もいらっしゃいました。
また捺印の精度に関しては、父の代で全く問題なかったように、ほぼ違いがわからないレベルで墨を打つことができます。
見た目が綺麗なことは、もしかすると納品時のこちらの都合のような気が致しました。
以上の理由で、本日からの納品分に関しましては、すべて墨を打った状態でお渡しさせていただきます。
最後に
墨の薄さ加減は、なんとなく透き通って見えることでおわかりいただけるかと思います。
今後は極限まで薄く平らにし、印材本来の性能を邪魔しないよう細心の注意を払いながら打った墨のままになります。
もちろん「落とした方がいい」そんな場合はお気軽におっしゃってください。
落とした状態で納品させていただきます。
これからもお客様のご意見を反映し、より使いやすい印章をお届けできるよう努めてまいります。