こんにちは!鈴印 鈴木延之です。
「実印はわが子への贈り物」
今回は私と親父の実印にまつわるお話をご紹介したいと思います。
実はですね、私は実印を親父に彫ってもらっておりません。
銀行印や認印は彫ってくれたんですが、実印だけは彫ってくれませんでした。
彫ってくれずにこの世を去りました。
だからその理由はこれから私が一生掛かって答えを見つけるテーマだとも思っております。
でもたった一度だけ、実印を押す体験を私にさせてくれました。
それは私が今乗ってる愛車の契約の時でした。
私は小さい頃、街中を走る全ての車種を言える位かなりの車マニアだったそうです。
ですから、最初に乗る車を想像しては胸躍らせる人生を歩んでいたようにも思います。
でもようやく手にしたのは、小さい頃予想していたより遥かに遅い28歳の時でした。
理由は、浪人してから大学に行き、ハンコを彫る修行を終えてからようやく買えたからなんです。
でもそれは恥ずかしながら自分で買った物ではなく、親父に買ってもらった物でした。
親父は常々「運転がおぼつかない最初に乗る車こそ新車に乗れ」と言っておりました。
「多少キズのある中古車より、ビカビカの新車の方がキズつけないように慎重に乗るだろ?だから事故を起こしにくいんだ」
との理由でしたが、そのせいで大学生や修行している身分では到底買える代物ではありませんでした。
「代わりにきっちり修行を終えて帰って来たら俺が買ってやる」
当時は全く嬉しくありませんでしたよ。
だって自分の力で買いたかったですから。
でもその言葉が修業時代の支えにもなっていたのも事実でした。
「車を買ってもらう瞬間は、ありがたがる気持ちでなく、誇った気持ちで買ってもらおう!だから文句を言われないだけの技術を身につけて帰ろう!」
しかしながらその5年は途方もなく長いんです。
何度心が折れそうになった事か・・・
その度に車のカタログを見て、いつか訪れるであろうその日を夢見て必死に毎日彫っておりました。
そうしている内にある日突然、1台の車に心を奪われました。
それは国産車では一番頑丈と言われている車です。
「死んだら終わりだからさ、一番死なない車がいいんだよね!」
そんな事を自慢げに親父に話し、親父もその時は黙って聞いてくれていました。
そんなこんなでようやくたどり着いた契約前日。
約束だからとまさかの一括払いの現金!(それだけでも腰を抜かしそうでしたが)
それと会社の名義での購入でしたから
有限会社鈴木印舗の実印を、こんな話と共に手渡されました・・・
「今までよく頑張った!でもこれはご褒美じゃなくて、今まで家で働いてたと仮定した場合の報酬だから。
でも1つだけよく覚えておけよ。
もし万が一お前がこの車で人を轢いて、万が一命を奪ってしまった場合、お前が生きていてもここではもう商売はできないんだぞ。
保険でお金を払えば済むってもんじゃないんだ。商売は信用だ。事故を起こしてしまったら、その信用をなくしてしまうんだ。
だからそのつもりで契約しろよ。」
この話は未だに強烈に私の心に残っております。
そんなこんなでようやくたどり着いた契約当日・・・
目の前の大金と、これから納車される車と、前日の親父の話が思い出されて、緊張して手が震えて上手く押せないんです。
本当、何回か押し直しましたよ。
四苦八苦しながら無事契約成立。
すると親父が一言
「実印を押すって事はそういう事なんだよ。これからこの仕事に携わる以上、その経験を忘れんなよ!」
今思えば、全部仕組まれていたようにも思えるんですが、間違いなく「捺印」という行為の重さを強烈に体験させてくれました。
その経験が実は私への贈り物だったのかな?
書いていてそんな事を思わずにはいられなくなりました。
そしてその車は今、私の大切な妻と息子の命も守ってくれています・・・